「先ずは、お客さんとしておいで」

お世話になりたい旨を伝えると、オーナーはそう言った。
何回か来店した事があるなら店の雰囲気、客層その他を理解しているので問題無いが、来店した事が無い場合は、お客としてそれらを感じさせるそうだ。
なるほど、例え一回だろうが、お客様目線でお店を見るというのは、大事な事だろう。

「おはようございます」

麻雀荘イレブンフレームのフリーは、午後から始まる。基本的には貸卓のお店らしい。
ちなみに、貸卓とはお客様同士で集まって来店し、文字通り麻雀卓を貸して遊んで頂く事。
カラオケ屋さんやビリヤード屋さんなんかと同じだ。

対してフリー。
フリー麻雀とは、一人で来店され、遊んで頂く営業形態を指す。
麻雀は通常4人、又は3人で遊ぶゲームなので、人数が揃わなかった時には、お店のスタッフがお相手をするのだ。麻雀プロという資格は、このフリーでこそ発揮できる筈だ。

「おはようございます。いらっしゃいませ」

大手チェーン店のように元気な挨拶がある訳でもないが、そこは良く言えばアットホームなお店なのだろう。小柄な女性スタッフさんの声が飛んできた。

「あ、下神と言います。新しくスタッフとして入ることになったのですが…」

「あ、はい。聞いてます。今日はお客さんとして…という事を聞いておりますが」

「はい。それでお願いします」

「フリーのルールは、ご存知ですか?」

「はい。お店のホームページを見させて頂きました」

「ありがとうございます。現在南2局ですので、少々お待ちください。一応ルール表、お渡ししておきます」

女性スタッフさんは、そう言って僕を空いている椅子へと促し、離れていった。

 

 椅子に座って、改めて店内を眺める。
ビルの2階。南側は大通りに面していて、並ぶ窓から日差しが注いでいた。窓は開放できるようで、一番大きな窓は、半分近くが開いていた。東側、南東側にも窓があり、加えて入口ドアの開閉も加わるので、対ウイルスという観点からしても、十分すぎるほどに換気はできそうだ。

 フリーの稼働は1卓のみ。別のスタッフさんが1名入っているようで、自分はそこと交代する事になるらしい。他に貸卓が一つ。年配の常連さんらしく、楽しそうに遊んでいる。居座り続けた夏がようやく舞台から去り、初秋の少し涼しい空気に陽の暖かさが加わる。そんな過ごしやすい陽気の中で、気心知れた仲間と同じ時間を過ごすというのは、失礼ながら少なくなった残り時間の過ごし方として、悪くない部類に入るだろう。

この事は、後にまた知ることになる。

「お待たせしました」

フリーのゲームが終了したらしい。先程の女性スタッフさんが声を掛けてきて、僕は空いた席へと通された。

お世話になるお店での1ゲーム目。

(下手な成績は取れないな)

そんな思いが頭を過ぎる中、僕は案内された席に座った。

ーーーーーーーー

*物語はフィクションです。実際の団体、店舗及び個人名は実在致しません キリ